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みなさんこんばんは。
横断歩道を渡る際は「白線を踏まずに渡りきれば勝利」という無意味な目標を掲げます、さとるです。 さて。 皆様の耳にも届いていると存じますが、いま世間は「マイケル・ジャクソン急死」の話題で持ちきり。 犬も歩けば棒になんとやらと言わんばかりに、どこもかしこもマイケル、どいつもこいつもマイケル。 そのうちムーンウォークがオリンピックの正式種目になるんじゃないかとさえ思えるほどにマイケル。 ここで特筆すべき点は、マイケルをある種の「ネタキャラ」として扱っていたアメリカ人の反応です。 数々の奇行を繰り返していたマイケルに対して冷ややかな視線を投げかけていたはずのアメリカ人が、 マイケルの死が報道されるやいなや、手のひらを返してヒーロー扱いしはじめるというこの虫の良さ。 とはいえ、日本でも尾崎豊が亡くなった時は同じような手のひら返しが平然と行われていた訳ですし、 忌野清志郎を「キング・オブ・ロック」と称え賞賛したマスコミの寸劇は記憶に新しいところですし、 本人の死を以って偉大さや残してきた功績が再評価されるという現象は万国共通なのかもしれません。 という訳で、この勢いだと毒を吐き散らしたまま突っ走りそうなので、ちょいと軌道修正を図ります。 マイケルといえばご存知、80年代に全世界を股にかけて人気を博したポップス界のカリスマですが、 いま改めて振り返ってみると、80年代のミュージックシーンはとにかく熱かった、と僕は思います。 これは僕が普段好んで聴いているHR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)にも言えることですが、 80年代という時代は、古き良き音楽と新しい音楽とが絶妙なバランスを保って混在していた時代で、 ベテランと若手がバランス良く取り揃えられた「探偵ナイトスクープ」みたいな、こう、まあええわ。 何はともあれ、80年代のミュージックシーンはいわゆる「過渡期」にあった、と僕は考えています。 従来の音楽が築き上げてきた土台を壊すことなく、そこに新たなエッセンスを振りかけることにより、 古参ファンから新規ファンまで幅広く楽しめる「探偵ナイトスクープ」みたいな、こう、まあええわ。 という訳で、行き着く先は「探偵ナイトスクープ」というアリ地獄に落ちたので話題を少し変えます。 先ほどからしつこく80年代のミュージックシーンは熱かった、と偉そうにのたまってきた僕ですが、 正直に申しますと、最近はあんまり、というかほどんど80年代の音楽は聴いていなかったりします。 なぜ聴いていないのかと言われても困るというか、まあ、ぶっちゃけただ単純に飽きただけなんです。 どんなに80年代の音楽が素晴らしいといえども、毎日聴いてりゃさすがに飽きるっちゅーもんでな。 どんなに自分好みのAVでも毎日見てりゃ飽きてくるし、いまいち興奮しなくなるっちゅーもんでな。 だったら最新の音楽を聴いてマンネリ化を防ごうぜ!みたいなノリになるとは思うんです、普通なら。 でもほら、僕ももう若くはないし、今から最新の音楽を開拓していく気力なんてありゃしねぇんだわ。 老体にムチを打って頑張ろう!とは思うも、僕にとってムチは打たれるものじゃなくて打つものだし。 という訳で、80年代の音楽に飽きた最近はもっぱら60〜70年代のロックばかりを聴いています。 混沌とする現代社会に疲れた独身OLが遺跡めぐりの旅に出てひとときの休息を得ようとするように、 混沌とする現代音楽に疲れた僕は60〜70年代のロックを聴きながらホッと一息ついている訳です。 この時代のロック、とりわけブリティッシュロック(英国のロック)の持つ雰囲気というのは独特で、 生乾きの洗濯物みたいな、こう、じめじめとした湿っぽさを持ったものが非常に多い印象を受けます。 友達の姉ちゃんのパンティを頭から被った時のような背徳感に満ちた曲が多いとでも申しましょうか。 例えるなら、アメリカンロックがわりと普通の性癖だとしたら、ブリティッシュロックは歪んだ性癖。 ロックという女体を正面からではなく斜めから堪能したいというアウトローな願望に満ちている感じ。 穴は穴でも入れる方の穴ではなく出す方の穴に興奮するみたいな、あえて出口から入れたいみたいな。 という訳で、あまり不適切な例え方をすると余計わからなくなりそうなので、とっとと話を進めます。 今までの文脈からもわかる通り、僕の音楽の嗜好は、歳を取れば取るほど時代をさかのぼっています。 ナウでヤングな現代音楽から90年代、80年代へとさかのぼっていき、そして今は60〜70年代。 さらに、最近では何を血迷ったかクラシック音楽にまで手を出しはじめるという節操のなさを発揮し、 たいしてわかりもしないくせに「やっぱりバッハの音楽は次元が違う。バッハかわいいよバッハ」と、 覚えたてのタバコを吹かしながらイキがっている中学生を彷彿とさせるような発言まで飛び出す始末。 巷には「中二病」なる言葉がありますが、いまの僕はまさしくこの病を患っているものと思われます。 クラシック音楽を聴いている俺カッコイイみたいな、世間一般人とは一味違う俺カッコイイみたいな、 俺は白金生まれのセレブ育ち、上品そうなヤツは大体友達、上品そうなヤツは大体学習院卒みたいな。 という訳で、クラシック音楽を聴いただけで学習院を卒業したかのごとき錯角に陥っている僕ですが、 音楽の嗜好がこのままのペースでさかのぼっていくと、行き着く先はいったいどこになるのでしょう。 クラシック音楽よりもさらに古い音楽とか言われてもあまり、というかまったく想像できませんわな。 想像できるとしたら、それは「弟子の話を聞いていた聖徳太子が足首を捻って骨折した時の音」とか、 もしくは「クレオパトラが美容と健康のために取り寄せた黒ゴマをむさぼり食っている時の音」とか、 あるいは「ナウマンゾウの群れを追いかけていた旧石器時代の狩人がここ一番で出した掛け声」とか。 よく考えてみると、いまの時代は「着ボイス」を携帯の着信音としてダウンロードする時代ですから、 旧石器時代の狩人の掛け声をiPodに入れて聴く行為もあながち不自然ではない、と僕は思います。 通学中の電車内で聖徳太子が足を骨折した音を聴けば、なんとなく賢くなった気にもなれるはずです。 という訳で、次回は時代をうんとさかのぼり、歴史が奏でたいろいろな音を聞いてみようと思います。 (中編か後編に続く) |
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