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みなさんこんばんは。
棒の中心が空洞になっている「うまい棒」は「うまい筒」に改名するべきだと思います、さとるです。 さて。 イソップ寓話の「金の斧」にナウでヤングなアレンジを施したケリップ寓話の「全裸の女子高生」は、 嘘つきを晒し上げるという趣旨を逸脱し、各個人による性癖の違いを見事に炙り出す結果となりました。 なぜ人間は嘘をつくのか、それは人間が自身の性癖に対して正直な生き物であるからに他ならない、と。 性癖というのは時として僕らの理性を惑わせ、狂わせ、果てには僕らを嘘つきへとせしめる厄介な癖。 さらに、それは各個人のパーソナリティに深く根ざしているから、なかなかどうして治すことが難しく、 もはや最後は「仕方ないじゃん?勃っちゃうんだもん」と言って開き直るしかないという絶望的な有様。 どんなに「変態!」だの「きんも〜☆」だの罵られようとも、仕方ないじゃん?勃っちゃうんだもん。 どんなに辛辣(しんらつ)な言葉の刀剣を突き刺されようとも、仕方ないじゃん?勃っちゃうんだもん。 どんなに「押すなよ?絶対に押すなよ?」と念を押されようとも、押すじゃん?ダチョウ倶楽部だもん。 熱湯風呂はさておき、僕が世の男性諸君に言いたいのは、開き直っちまえば楽になるぜ?ということ。 匿名で他所様のサイトを荒らしている暇があったら匿名で自分の性癖を洗いざらいゲロっちまえよ、と。 性癖をゲロったあとに食うカツ丼はうまいぞぉ〜?鬼刑事の差し出したカツ丼みたいな味がするぞぉ〜? 鬼刑事「とっとと吐いちまったらどうだ?楽になるぜ?」 容疑者「俺はセーラー服を着たままのセックスが好きだー!」 鬼刑事「よく言った!よし、カツ丼を食わせてやる!」 容疑者「ていうか、むしろ行きずりのセーラー服と寝てぇー!」 鬼刑事「よく言った!よし、カツ丼を並盛から特盛にしてやる!」 容疑者「セーラー服のボタンホールに俺の機関銃をぶっ放してぇー!」 鬼刑事「よく言った!よし、さらに豆腐とワカメの味噌汁もつけてやる!」 容疑者「いやはや、これぞまさしく『セーラー服と機関銃』ですな」 鬼刑事「うまいこと言った!よし、さらにキュウリのぬか漬もつけてやる!」 容疑者「いいからとっとと座布団よこせ!おぅ早くしろよ山田!ぬか床に埋めんぞコラ!」 (妄想バカ取調室物語 No.001) という訳で、どんなに顰蹙(ひんしゅく)を買おうとも、僕は服を着たままのセックスに執着します。 服を着ないセックスなんてありえないというか、ロックじゃないYAZAWAみたいなものだと思うし、 ポッキーじゃないプリッツみたいなものだと思うし、アニマルじゃない浜口みたいなものだと思います。 では、いったいなぜ僕は服を着ないセックスをケンタッキーじゃないフライドチキンだと考えるのか。 この設問に答えるためには、僕にとって女性という存在が何であるかをまず知っておかねばなりません。 タモリを知らずしてグラサンなど語れないように、女性を知らずしてセックスなど語れやしないのです。 いささか語弊がある気もしますが、僕にとって女性は別にいてもいなくてもどっちでもいい存在です。 僕には「自分の出来損ないの遺伝子は後世に残すべきではないし、残す気もない」との持論があるので、 もし仮に結婚するようなことがあったとしても、子供を作るようなことはおそらくないと思っています。 つまり、僕にとって女性は“生物学的にいえば”別にいなくても構わない存在ということになります。 とはいえ、かつて小説家のスタンダールが「恋とは熱病のようなものである」との名言を残したように、 いくら僕とて恋という名の熱病を患ってしまえば、女性という存在を求めずにはいられなくなるのです。 これはキンキンに冷えたビールを胃袋の中に流し込んだときの、あの燃えるような感覚と似ています。 恋という名のビールに陶酔した僕は、とにかく女性という名の枝豆が欲しくて欲しくてたまらなくなる。 憧れの先輩を想うだけで頬が桃色に染まる乙女のように、僕は枝豆を想うだけで桃尻が熱くなるのです。 つまり、僕にとって女性という存在は、ビールに酔ったときに欲しくなる枝豆のような存在なのです。 シラフのときは別に食べたいと思わないけど、ビールに酔ったときは無性に食べたくなる枝豆のように、 普段は別にいなくても構わないけど、恋に酔ったときは無性に欲しくなる、それが女性なのであります。 という訳で、僕が恋に酔ったときはビールのお供に枝豆的なノリで女性の体を欲してしまう訳ですが、 例えば、みなさんが居酒屋でビールのお供に枝豆を食べるとき、いったいどのような食べ方をしますか? あるいは、みなさんが店員に枝豆を注文したとき、いったいどのような状態で手元に運ばれてきますか? それはもちろん言うまでもなく、茹でられた枝豆は鞘(さや)に入ったままの状態で運ばれてきます。 ところが、もし仮に運ばれてきた枝豆が鞘から出された状態だったとしたら、ぶっちゃけ萎えますよね? さらに、鞘から豆を出すだけでなく、ご丁寧に薄皮まで剥かれていたとしたら、もうドン引きですよね? そもそも、枝豆というのは、鞘に入ったままの状態で豪快にしゃぶりつくからこそ美味いのであって、 店員さんの手で鞘の中から出された枝豆や、薄皮を剥かれた枝豆なんて美味いはずがないと思うんです。 鞘の奥からあふれる汁をチュッチュと吸い出し、最後はお豆さんにしゃぶりつく、これぞ枝豆の醍醐味。 同様に、女性というのは、服を着たままの状態でねっとりとしゃぶりつくからこそ美味いのであって、 前もって服を脱いでしまった女性や、下着を脱いでしまった女性なんて美味いはずがないと思うんです。 服の奥からあふれる汁をチュッチュと吸い出し、最後はお豆さんにしゃぶりつく、これぞ女性の醍醐味。 という訳で、なぜ僕が服を着たままのセックスに執着するのか、それは僕にとって女性は枝豆だから。 日常生活では別に必要ないのだけれど、恋という名のビールに酔ったときは欲しくなる枝豆であるから。 枝豆とは鞘に入ったままの状態でしゃぶりつくからこそ美味い、ゆえに、服を着たままじゃないとダメ。 このように、僕の理解しがたい異常性癖は、論理的思考によって見事に解明される結果となりました。 僕はただ闇雲に服を着たままのセックスに執着していたのではなく、女性という存在を明確に位置付け、 理にかなったセックスライフを、きわめて理性的かつ知的なセックスライフを送っていた訳であります。 すなわち、世間ではとかく邪道と思われがちな僕の性癖ですが、実は最も王道な性癖であった訳です。 むしろ“全裸だから卑猥”とか“下着姿だから卑猥”という短絡的な思考回路で女性と接するからこそ、 世の男性たちは女性たちから「精子脳」と呼ばれてバカにされるのだと、僕にはそう思えてなりません。 服を着たままのセックス、それは地に落ちた男たちの名誉を挽回する最終兵器なのかもしれない。 (ご清聴ありがとうございました。) |
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